百姓の詩

春は花芽・・・

3月26はなめ
今日の写真 さて 季節はすでに春本番 畑にある秋冬野菜は ほぼ終了になってきて とうが立つ すなわち 花が咲くわけです これは こうさいたいの花芽 今出荷している1品です 白菜のとう立ち菜と同じで 葉物が中心のお野菜セットとなりました また こうして 4月を迎えることができました・・・
 昨年の冬はいろいろと大きな変化がありました 古民家の引越し それが一段落したらば アパートから今の新居へ引越し とあわただしく過ぎました そしてこの3月からは 研修生が二人やってきました そうしているところへ 待望の直営カフェの物件がほぼ決まり・・・めまぐるしく動き始めた 2015年です そして ようやく 暖かい日の光とともに わが農園も新たな段階に入ったようです・・・・なんだか すべてが この春へ向けて 結実したかのような動き 春になり暖かくなる ということが これほどありがたく うれしく そして ほっとする春も今までなかったかな と素直に思います 冬と春 絶望と希望 原因と結果 僕らの生きるこの3次元はすべてが 相反する世界 そして 光と闇・・・ 3次元の領域では けっして互いを滅ぼしつくせないこの二つは だからこそ 互いを必要としているのかもしれません

 研修生Kさん 仕事ができる 覚えもいいし なんといってもやる気があります やる気・・・農業を志す人ならば誰でももっていると思われるかもしれませんが いわゆる 積極的 とかとは違う 有機農業の場合 悲壮感 ともいえる何かをもってないと 成すことはできません・・・すでに ここ数年 いわゆる 有機農業の成功者ともいえる事例が いくつかようやく見受けられるようになりました 素晴らしいことです その数字や中身も僕が研修した時代からは 考えられないものです その成功者たちは もちろん 辛酸を舐めた上で 生き残った数少ない事例ですが その多くが口にするのは (一人の時代は思い返せば 地獄 だった・・・)と言っていることです はは・・・そうなんですね まさに 今の僕がそうなんでしょう ここ数年は 地獄にいるのだと思います でも 今はようやく抜け出せる一歩手前まで来た様に思います・・・・・

 若い頃 20・30代のころは 本当に今思うと どれだけ時間を無駄にしたことか・・・そして 自堕落で何ら益のない生活を送ったことが 今はほんとうに染み渡るようにわかります だからこそ この40代からの10年あまりは 自分でも集中して働くことができたように思います 今年大台の50を回りますが この10年はわけもわからずよく地べたをはいずりまわったなと思います 一日も早く 若かった頃の無益を取り戻さねば という思いが この地獄の日々を支えているのは間違いないと思います もちろん これからも変わらず 地面をはいつくばる生活が続きますが 少しは それを地獄でなくて 地獄の中にも まあ いろんなことがあるな ぐらいの余裕が持てればと思いますし できそうな予感がします・・・
 研修生Kさん 今日は朝からひたすらの激務でもって たぶん 一番疲れた一日だったのでしょう 疲労の色も濃く ちょっと早めに上げました でも それでもまだ僕からみれば まだまだ先があるレベルです こうした労働が 休むことなく続きます 明日も明後日も・・・・その終わらない世界の先にあるもの その1線を越えて始めて見えてくる豊かな世界があります 果てしない労働の先にあるもの 人として 足元からじわりとくる たしかなもの そこには 社会的な評価とは違う 人間としての核となるものです 農業というものは じつに素晴らしいものです そこへ向けてチャレンジし続けていれば 必ずや 何かの報酬が得られるのですね(金は最後だけども)・・・春は 花芽 なんですな

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