百姓の詩

援農ボランティア そしてバスが・・・スピリチュアリティの極意

5月18かぼちゃ援農
今日の写真 日頃懇意にさせていただいているお店の店長さんが援農ボランティアにお越しになる(今日はひたすらかぼちゃを植えていただきました)
 この農繁期にとてもありがたい・・・そして 今日はおもしろいことがひとつ・・・
 なんせ 我が農園のある場所は陸の孤島と呼ばれる 成田駅からはるか遠い場所 みなさん来る場合はバスに乗って30分かけて来るのだけども 1時間に1本もない なので 到着する時間にバスの停留所にて待ち合わせ そのまま下りて軽トラにて畑へと向うわけだけども バスが到着する時間 ちょっと過ぎたあたりにバス停へと行ったけども ボランティアの方の姿はない・・・うーむ・・・まだバスが来てないのか と思い そのまま待つ・・・・待つ事10分近く うーむ・・・・これはひょっとして もう 通り過ぎていてそのバスにボランティアの方は乗っていなかったのかな? と いぶかしげに思う でも 連絡なかったしな と思いながら じっと その誰もいない閑散としたバス停の時刻表をにらんでいて 突然わかりました・・・(バスは来てない まだ ここを通りすぎていないのだ)と・・・てことは 何かがあったということです 公共交通機関であるバスが10分以上も遅れて来ていないというのは・・・すぐに家に一旦帰って メールを開くとFBにてその方からコメントがありました なんと バス停にて後ろの車が追い抜きざまにバスに当ててしまい 警察呼んで待っている状況でしばらく遅れるようですとのこと・・・・ふーむ そんなこともあるのですね バスが来ていなかったのは正解でした てことで どうしたもんか と思い とりあえず コーヒーでも飲むかとお湯沸かして インスタントを入れて ゆっくり飲み始めて半分ぐらい飲んだところで
あ!今だ! と飲みかけのコーヒーを庭に捨てて 軽トラに乗ってまたバス停へと向う すると ちょうどバスから今日お越しになる方が降りるところでした・・・・へへ どんぴしゃだ (どうして今来ると分かったのですか?)と聞かれたけれどもね まあ わかるのですね てことで 今日は バス停でバスがまだ来ていないということがわかったのと 来る時間がどんぴしゃでわかったということのふたつが正解でした・・・

 こうしたことというのは何も不思議でも特にたいしたことでもない ちょっとした勘が働いただけのこと ポイントは絶対に自分の利益のためではないということ 必ずや人との関係性の中でしかこの力は使わない おおげさにいえば 自分の能力はやはり 世のため人のために使うということだ たぶんだけども 競馬で一発当てよう と本気で思えば 当てる自信はある しかしてそれは黒魔術 使ってはならない 使えば相当のカルマを抱えることになる 今まで苦しいときやどうしようもない状況に追い込まれたときなどは こうして 人を介して何度も不思議と答えは事前にわかることもあった それでどれだけ助けられてきただろう すべては何かの思し召し だからこそこうしてうまくいったときこそ 日頃の仕事に集中して自らの役割を全うせねばいけませんわな 
 スピリチュアリティというのは 本や講演などで偉そうに話しているのをありがたく聞く事ではありません すべからく 日頃の暮らしの中で実践して目に見える領域と見えない領域とを自分の中で繋いでいく作業です すべからく具体的で実際に自分で経験していくしかありません 絵空事などでは決してないのですよ・・・アーメン

1 thought on “援農ボランティア そしてバスが・・・スピリチュアリティの極意

  1. 単純な疑問ですので決して・・・・・・・

    この状況では、楽で速い順に、
    1携帯でやり取り
    2メールでやり取り

    PCとFacebookで確認できたのに上記2つをなぜ使わなかったのでしょう。スピリチャリテイは他の危機に取っておいても良いのでは^^;

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