環境問題

お米つくり 農業の問題点

d6a99ff1.今日は出荷日 朝から畑にて野菜君たちを収穫していく 白菜のとうたち菜 花が咲いているものを ぽきぽきと折って取っていく 当然 適期は短い まさに 今の旬のお野菜だ

 今日の写真 これはお世話になっている 高柳家さんの ハウスの様子 そう今年もお米作りが始まったようだ この手前に写っている機械は種を播いていくもの ベルトコンベアに乗った 土の入った 育苗トレイがこの機械をくぐると きれいに種が播かれているといいうもの 1反で約30枚 何反という単位ならば 手作業でできるけど 何ヘクタールという単位だと こうしたものを使わないと追いつかない この写真のハウス一杯に 苗が敷き詰められる

 これを見てもわかるように 現代農業というものは たとえ僕らのような有機農業であっても 江戸時代からみれば 比べようもないぐらい 効率化と面積あたりの収穫量 そして野菜の品質 などは 格段のものだ 機械を使い 一人でヘクタール単位をこなせる 農業を見たら 間違いなく 江戸時代の百姓は腰を抜かすだろう 特に 日本基幹作物である お米作りに関しては 究極なぐらい 機械を使って 誰でもできるぐらい 簡単になった 腰の曲がった 高齢のおじいちゃん おばあちゃん二人でも 田植え機とコンバインさえあれば 米を作るのは可能だ このように 生産現場 というものは 僕が農業に入った 10年前からと比べても 格段に進歩している 種の品種改良も含め 農業の現場は 格段の進歩をしている だけど 後継者もいず 農業の荒廃は 30年間ずっと落ちこみ続け 崩壊の一途だ 生産現場は大変ながら進歩していきているのに なぜなのか?

 その原因は 流通と販売方法にあるのは明白だ 消費者は農産物は高いと思っている 日本のお米は高いと思っている 外国から ありえないほどの安価な 小麦などに比べ なぜ こんなに高いの? と思っている そして 生産者は なぜこんなにも販売価格が安いのか?と思っている お米が典型だけど もう 普通にお米を作っているだけでは 売り先も価格面でも 割りにあわないわけで 一層の耕作放棄が進んでいる そう どこかの誰かが 間に入り 値を上げている 生産者を苦しめている 僕個人の意見としては 農業の世界のおける 中間業者 というものは すべて排除したらいいと思っている 生産者 自らが流通を起こし あるいは組織して 小売まで手がけることができれば 今の生産状況のまま 利益が生まれ 消費者には 安く届く 生産者ー消費者 がしっかりと手を結んで 新たな動きをしていく必要がある 
 
 本来 生協や提携というものは そうした理念から生まれたものだったはずだ そのためには 生産者はもっと 外に出て 赤裸々に現場を語る必要があるし 理解を求めるべくわかりやすく話す必要がある そして 消費者の中から 積極的にお金の面でも支える 生産者と同じ目線で 話す消費者という人たちが 出てくる必要がある その意味では まだ 今の消費者は わがまますぎるし クレームさえつけていれば 問題は解決すると思っているが 農業はそうはいかない 共に支えあう図式というものを 作っていくことが 最後には 互いの利益になるのである

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