野菜あれこれ

ズッキーニ 気温差 最後に自分の中に残るもの

efe510fc.今日の写真 今畑に植えている ズッキーニ 昨年収穫したものです 今年は全般的に苗の調子が今ひとつ  今年の春は例年以上に温度差が激しく 苗の管理も難しい 昨日はTシャツ一枚での作業だったのに 今日はつま先が冷えるぐらいの寒さで フリースを着こんだりして 育苗ハウスの苗も トンネルかぶせたりはがしたり 忙しい
 夏野菜の調子が悪いもうひとつの原因に 温床にネズミが大量発生 例年だとちらほら出るのだけど 今年はもの凄くて 夏野菜の苗がほとんどかじられたり 苗床荒らされて 発芽しなかったりで 参った 仕方なく温床から降ろして 地面で発芽させたので ずいぶん 遅れてしまった ねずみ君が悪さばかりするので こちらも指をくわえて見ているわけにはいかない 殺鼠剤を買ってきて 温床の周囲に巡らす しばらくして おとなしくなった
 無農薬で野菜を作る ということは 虫などでも 直接この手で殺生することになり もうすぐ よとう虫との補殺や ちょうちょの産みつけるいも虫に神経とがらせることになる 薬を機械で撒いたら その姿を見るまでもなく 畑自体に 生き物がいなくなるわけで 一見農薬使った 畑のほうが 見た目はきれいなんですよ(草ないしね)

 以前 有機農家の友人が (農業はやってみればすぐわかるけど かなり大変なものだ
それをすぐにでも誰でもさも簡単にできるみたいな 話を聞いたり見たりするけど ほんとにね・・・) と 憤りを持って話していた まったくもってその通りで 最近も新規就農希望の人には (ふーむ 実家が農家ではない・・金もない・・・畑も土地もない・・技術はこれから・・・ですか・・えーと 無理です すぐにでもあきらめて ほかの仕事を探したほうがいいです 人生路頭に迷ってもいいんですか?)と 諭す 

 で ああそうですか と納得してやめられるものならそのほうがいい 仕事というものは どうしてもそれをしなくては生きていけないもの それと自分が一体なもの それなくしては自分が成立しないものだと思う どう 選択したとしても 結局元の場所に戻ってきてしまうようなものが 本来の仕事なんでしょう なので 個性がどうとか オリジナルがどうとか イメージ戦略がどうとか・・・そうしたまるで商品を売り出すときのように 自分をとらえるということではなくて もっと 身体全体 魂の響きでもって 仕事というものを感じることが大事ではないかと思います だから あきらめられるとしたら 本来 そんなに大事なものではなくて 最後にたったひとつ自分の中に 残るもの があるとしたら?
 と いうように 心を見定めていくことが 大事だと思います (なんて 人に伝えるというよりも 自分自身に問いかけているんですね 日々 日々)  

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