コラム・百姓から見た世のつれづれ

冬瓜の植え付け 雨は偉大 考えて終わる人 アウトサイダー

今日の写真 さて 冬瓜(とうがん)を植え付けました いよいよこれで夏の作付けも終わりになります まだ 茄子の後半の番手が残ってますが 気持ちはもう 秋そして冬へと動いて行きます 夏よさらば! と言いたいところですが まだ 本格的な暑さは一度も来てないし なんせ 今は梅雨のまっただなか・・・・うーむ という感じです・・・今日も朝からずっと雨 寒くて寒くて 朝起きて目覚めに熱湯シャワーを浴びて気合を入れます・・・その昔 僕の短いサラリーマン生活 雨が降っているときの出勤はつらいものがありました ネクタイを締めてかばんと傘を持って 電車やバスに乗って会社に行きます(みなさん普通にやっておられますよね) 僕は雨のときはいやでいやでしょうがなかったです・・・・だって サラリーマンとして会社に普通に行っていて雨が降るメリットって何かありますでしょうか? 何の関係もないじゃないですか? 雨って・・・と思っておりました・・・そして 今 百姓をやっていて 雨に対して思うことは (偉大である)以外にありません・・・・雨が降る その同じ量を畑に水やることはできません 不可能です この夏に人参の種を播きますが かんかん照りのときは せっせと軽トラにタンクを積んで 発芽まで必死に水やりますが それはそれは大変で面倒でございます 雨さえざっとほんの少しざっと降ればそんな面倒な手間はかかりません そうしたことを身を持って知ると サラリーマンのときの自分の首を刎ねたくなるわけですな・・・・(あ 先日数年ぶりに実家に嫁を連れて帰った際 実母から 浮気をしたら首を刎ねる と言われ 令和の時代に打ち首?と 嫁は目を白黒しておりました・・・何の話)

(考えていて終わる人)・・・・というのが もしかして日本人の大半なのではないかと思います たぶん 社会に出てみなさん思うと思いますが 実際に会社を辞めたり 何かを具体的に始める人の割合は そんなに多くないということがわかると思います これは素晴らしいアイデアかもしれない!と 思って すぐに 仕事を辞めて それを起業なりなんらかの形で リスクを背負った上で事を始める というのが 日本人は苦手かもしれません そして そうした考えている人 というのは だいたい みなさん 優秀な人なのですね 頭が良くて 品行方正だから 突飛なことはしません ホリエモン言うところの 馬鹿と天才は紙一重(というか根っこは同じ) 発言からすると 社会を構成している大半の人はそうして 一生を終わるわけですが 僕なんかからすると 同じ職場や会社や仕事を何十年も続けている というのは 果てしなく尊敬いたします・・・・

とある欧米の財閥の話・・・・有名な財閥の跡取りとして生まれた息子 勉強も良くできて ハーバードだとかケンブリッジだとかの大学を出て 誰もが知る有名企業に勤めて30歳 役職も付いて人生順調だと思っていたある夜のディナーでのこと 複数のコングロマリット企業を率いる親父の前で 自分が今の会社でどれだけ重宝されているのかを 得意げに話していたら 滅多に怒らない親父が突然 テーブルを叩きつけて (お前はいつまで人に使われているんだ!卑しくもお前は〇〇家に生まれたんだ いったいいつ会社を辞めて 自分で何かを始めるんだ!恥を知れ!) と 一喝されたそうな・・・・何も人に使われるのがだめとは思いませんし 特に日本の社会では寄らば大樹で最後まできちんと勤め上げるという価値観も素晴らしいと思います ただ・・・・僕は振り返って もし 中学や高校あるいは大学に戻れるのならば 最初から アウトサイダーの人生を意図して勉強して自分のやりたいことを最初から始められたらな と思います 今 53歳ですが いやいや時間が足らん これからじゃねーか と思っているところです 人生の最後まで アウトサイダーを貫けたらば勝ち そう思っておりますです はい・・・・合掌

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