自然や生態系

出荷日 と 尊厳死

7932da22.今日は出荷日 朝一番では野菜が凍っていて 収穫できないので 日が昇ってくるのを収穫包丁片手に待つ 野菜に日があたり 今日一日の命が吹き込まれるように ゆっくりと目覚めたところを見計らって その命を頂戴する 僕の生活は野菜たちに支えられていて 彼らの命によって 僕は生きていける 畑のその場所に種を播いたのは 僕だけど 僕はほとんど何もしていない 野菜たち自らが 生きて花を咲かせ 種を付けようとする 循環の輪 の力が すべてだ 

 聖護院大根や 赤大根 が終わる あづま菜が出荷中だけど 霜に当たって葉が枯れてきた 来年はもっと早く出荷しよう 今日の出荷で かぼちゃが終わった これからは残り少ない じゃがいもとまだ 全部掘りきっていない里芋(忙しくて手が回らん 誰か掘ってくれ)で乗り切らねばならない 足りるかな? 12月はイベントの参加とかで 名刺を配りまくったせいか お野菜の注文もたくさんいただいた おかげで年内の目標件数は達成できた 来年はいよいよ打って出る勝負の年 長い百姓人生のまだまだ基礎段階 今はひたすら 農園経営を安定させることがすべてだ

今日のねた (尊厳死) 変なことを言うようだけど 昔から 死 についてはいろんな本を読んだり むしろ 生きる ことよりも興味があった どう生きるか?と考えるよりも 死の一瞬 をどう迎えるのか? と考えたほうが 僕にはわかりやすい感じがする 尊敬していた方が先に あちらの世界へ行ったことや 最後の様子などから 自分はどうしたいのか? と考えるようになった ダライラマに会いにいったとき その亡命政府である ダラムシャラ という町自体が 大きな寺院のようで 一瞬一瞬を逃さず 修行して 死 をよりよく迎えて 来世に希望を繋いでいく という 密教の教えが一般の人たちにも 浸透しているのは 衝撃的だった そして ダライラマをはじめ 密教の高僧たちは 活仏(かつぶつ) と呼ばれ 次の生 を自分の意志である程度 コントロールして 生まれてくる ことができる そこに潜む奥深さに関しては ひたすら 計り知れないものがある ということだけが 僕にわかるすべてのことだ

自分の人生をすべて まっとう した と思えたときに 自然と死が訪れること それこそが 尊厳死 だろうか それとも しがみついてしがみついて 最後の一瞬にも 戦い抜くこと それが尊厳死 だろうか 苦痛から逃れること 人らしい死に方 とは何?
 今日の写真 大地から引っこ抜かれた 人参君 (人参よ お前はまっとうしたかい?)  

2 thoughts on “出荷日 と 尊厳死

  1. はじめまして
    知らなかったのですがあづま菜 おいしいですね。昨日買って食べてびっくり。早速、Yahoo!で検索したらこちらのブログへ。
    お仕事がんばってくださいm(__)m

  2. はじめまして
    知らなかったのですがあづま菜 おいしいですね。昨日買って食べてびっくり。早速、Yahoo!で検索したらこちらのブログへ。
    お仕事がんばってくださいm(__)m

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