昔の話~農業に至った経緯

賀茂なす 数を合わせる どのようにして僕は農業の世界に入ったのか・・・

7月4賀茂なす
今日の写真 賀茂なすが初出荷 細長い庄屋大長と 千両の3種類 最初の段階の茄子がようやく出揃う 今後は 色の着いたものが徐々に入ってきます 夏といえば 茄子! 和 洋 中華となんにでも合う 日本の優れた夏野菜のひとつ トマトなんぞより よほどおかずになります どうぞ よろしくお願いします!

 今日は雨の中の出荷日 雨の中お野菜を収穫して 古民家にてお野菜を順次ダンボール箱に詰めていく 今週は 先月のイベントでいただいた お試しセットが集中していたこともあり 3桁近い数字の出荷数となり 朝から出荷に追われまくる・・・数が増えてくると 卵の数 卵のないお客様 そして お試しセットの数 とそれぞれ 伝票と箱があっているか 何度も確認しながらの作業となる ま 滅多にないことなのだけども 最後に 箱が一個余る・・とか(余る分にはまあ問題ない 最悪なのは出荷伝票があるのに お野菜詰めた箱が足らないこと・・)
すべてを 一人でやっているので どうしても 思い込みや客観性もないわけで 一度ミスをすると 回復するのに時間がかかるし 最後まで気付かないこともある すべての 出荷用ダンボール箱に 10品目前後のお野菜を入れていくというのは大変なこと・・・すべてを終えて 箱バンに載せて ヤマトに渡す すべてを終えてヤマトの玄関の自動ドアをくぐったときが (ああ!今日もなんとか終わった)と 心底ほっとする瞬間だ

 古民家の庭にしとしとと降り続く典型的な梅雨を見ていると ふと 思い出す 今から15年以上前 僕がまだ農業の世界に入る前の話 当時関西にいたのだけども なんとも 人生が完全に行き詰っていて どうしようもない日々を鬱屈として送っていた ふと 九州にネイティブアメリカンの儀式をやりに行き そこで 大分県に古い古民家があって 誰も住んでいない との話を仲間から聞きつけ 僕はいきなりほぼ初対面の人に (そこ 俺住んでいいですか?)と 単刀直入に聞いてみた とまどいながらも いいよ とのこと・・すぐさま帰って 荷物をすべてまとめて
深夜バスに飛び乗ったのが そう 今からちょうど16年前の春のことだった・・・
 裏に畑が2反ついていて 納屋には農作業の機械もある 僕は すぐにでも 農業ができる そして これから 夢のような田舎暮らしができる パーマカルチャーを実践するんだ! 的な 今から思えば イチゴのケーキ200個分はあろうかというぐらいの甘ちゃんだった・・・・
 そして 大分県の過疎の村に一人で半年暮らして 初めて 現実を思い知った 村の住民はみんな誰も僕を気味悪がって相手にしない 農業の技術など何もない 結局 ずっと 造園土木のバイトをやって終わった半年間・・
僕の農業の世界の最初の挫折でした・・・(その後もとんでもないこといっぱいあったけどね・・)
 だからこそ だからこそ・・・僕は 田舎暮らしを夢見ている人には厳しいのです 夢を見る・・・それは 違います 生きること その地で生きていくことは 夢じゃなくて 実践であり 具体的な数字であり 掲げるべきは 目標です
僕は その最初の挫折があったからこそ 田舎で生きていくためには 何が必要なのか がわかったのです 
 あと 数年経てば この成田の地に 土地を買い そこに家を自分で時間をかけて建てようと思います そして 16年前に夢見た世界を ようやく 実現させるつもりです・・・長かったのか? いや とんでもない まさに 飛び去るように速かったです そして まだまだ ゴールは先です 来年は カフェのオープンという大きなことがあります
 まだまだ 先は長いのです ようやく 農家の入り口に立てたに過ぎません ゴールはずっとずっと先なんですねえ・・・・・ 

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