百姓の詩

赤いピーマン ポロシャツ襟立て 人参潅水 田舎のしがらみと都市のシェアハウス

8月6ピーマン
今日の写真 カラーピーマン・・・ではなくて ピーマン取りきれなくて こうしてすでに完熟して赤くなっているのですね 毎年 こうなるので わざわざパプリカとか作らないのだけど これでOKだよね・・・

 世間はなんだか 夏休みモードのようで この時期は毎年 お客様からお野菜のお休みや変更をいただく 今年は 長期で出かける方が多いようで 景気が底上げしているんでしょうか・・・(でもお休みの場合売り上げ減となって泣くのはこの僕・・) そして 朝っぱらから 眠い目をこすりながら 軽トラ農道走らせていると BMなどの高級車に乗って サングラスに真っ白なポロシャツ襟立て風情とすれ違う うーむ・・・ほぼ同世代でもって この違い・・
 一瞬ですれ違うその距離には 今までもそして これからも 永遠に交わることのない世界があるんですな・・・
(でも休みのときにどこか出かけるときの早起きはうれしいよね・・畑行くのは仕事だからこの時期農繁期でちと腰重いんだよな)

 連日 人参の潅水に追われまくる 人参の場所 2箇所に別れていて 2反あまりなので研修生Aさんには軽トラにタンク二つ 僕は 箱バンにタンク1つ 乗っけて2台で交互に古民家の井戸水汲んで 潅水しまくる 今日は4トンあまりをまきまくった しかして それではまだまだ発芽には至らない ふー 雨が降ってほしい なんてなことを願っていては プロとしての百姓失格である 発芽は 発芽させるんですね 自然に任せた栽培 そんなものは存在しません 種をいつ播き どこにどう植えるのか そのデザインを託されているのが 人間です 花や木などの植物は その権利を有していないからこそ 風やこうして人間の手により 大地に植えられるのですね その 意味で 人間は 地球を 大地をデザインする自由が与えられているわけです そして 現代では その力を 完全に誤用しているんでしょう コスト と言う言葉を 企業はよく使いますが 本当にコストの意味を知っていれば コンクリーとではなくて 木でもって 構造物を建てるでしょう その意味で 現代のコストは 無駄使い と同義ですな

 田舎のしがらみ・・・・農業の世界に飛び込んで いろんなそうしたものを見てきて 自分も体験してきました 感想はと言えば たしかに デメリットも多いけども それだけではなくて かつて田舎を機能させてきたものであったのは間違いない 今は もう 田舎も都市と同じ理屈で成り立っている部分が多くなってきた分 失われつつあります
 そこには 一抹の悲しさもありますが それはそれとして 滅び行く田舎に さわやかな風が吹き抜けるがごとく
新しい流れが生まれる可能性のほうが心地よいのだと思います 翻って 昨今は都市においては なにやら シェエアハウスなるものが見かけるようになり 若い男女が一緒に暮らしているようです 僕は正直 滑稽に感じます それは かつて 体育会や汗臭い上下関係などを体験していない若者のうわっつらの憧れに見えてしょうがないのですね かつて パーマカルチャーなどで 一緒に勉強したものの中には そうした 田舎で共同暮らしなどを模索する人がいますが まあ うまくいくためしはありません(だったら農業研修でも行けばいい それはそれは 家畜同然の素敵な暮らしですよ・・)
 田舎のしがらみは失われ 都市に置いても 新たな人のつながりを模索する これ 根っこは同じでしょう みんな 第3の人のつながりを求めているんでしょう それは 実際にどんな場所で どんな雰囲気で 何を機軸に どんなルールによって成立している世界でしょうか? たぶん 今後 いろんなところで そうした模索が生まれてくるんだと思います それはちょっと見たくもあるんですね・・・・(僕は一匹狼なので どこにも所属しませんが 動きは見たいと思っています)

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